ベルデセルバ戦記でブログ

プレイステーションソフト「ベルデセルバ戦記~翼の勲章~」 にこだわるブログです。(略称【ベル戦ブログ】)

政治的には逃げ易い書き方の小説

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 哀歌はアフリカのある国に赴任した一人の修道女の物語。ある国と言っても大統領が隣国の大統領と一緒にいる時に死亡し、それがきっかけで内線が勃発、同時に100日間でフツ族が80〜100万人のツチ族(及び穏健派フツ族)を虐殺などといった筋書きからするとどう考えてもルワンダ。ただし曾野綾子はこの小説では一言もルワンダとか隣国の名前も出していないし、上で言った死亡した大統領の名前すら記していない。レビューとかでは堂々とルワンダに赴任した修道女が……とか書かれているが、アマゾンでの通販の紹介文ではちゃんとそこら辺は書いていない。
 実は私はこの小説は一文字も読んでおらず、母が時折読聞かせてくれる話を元にこの記事を書いているのだが、その話の中だけでも事実と異なる場所が有るので気になるから記録しておく。小説を事実と勘違いする人って多いしね。
(1)ルワンダ南西で隣国と国境をなす碧湖(へきこ)(漢字圏でないからこの書き方で勘違いする読者はいないだろうと思うが念のため言っておくと、ルワンダにこんな名前の湖はない。単に青い湖と言いたかっただけだろう。)で隣国の大統領とルワンダの大統領が親睦を深めるため別荘に泊まった。そして二人はボートに同乗したのだが、なんとボートが転覆!更に隣国の大統領は無事救助されたがルワンダの大統領は死亡してしまった。というのが小説「哀歌」の筋書き。しかし実際は1994年4月6日に南方の隣国ブルンジの大統領と一緒に乗っていた飛行機が何者かのミサイル攻撃で撃墜、死亡。
(2)あと、ルワンダ南西の国境線上に湖は無い。首都の真南にチョホハ=サッド湖、その東にルウェル湖がありこれらはブルンジと、西部にキブ湖という大きな湖がありこちらはコンゴ民主共和国(私の生まれた頃はザイールと呼ばれた国。紛らわしいがコンゴ共和国とは別の国なので注意。)と国境を接しているが、肝心の南西部には無い。(※もちろんこれは「現在」の国境線を前提にしている話である。国境線は変化するものであり、1994年当時の国境線は今と違った可能性は否定出来ない。私がルワンダ国境史に明るくない事と、しょせんウィキペディア情報なので間違っている可能性もある。)
(3)主人公の修道尼が国連軍の車で脱出したのだが、たどり着いたのは隣国の首都リベラシオンだという。しかし現在ルワンダの隣国(コンゴ民主共和国タンザニアウガンダブルンジ)でそのような都市は見当たらない。左記のリンク先を見てもらえば分かるが、アフリカの都市名は大体現地語で付けられているのだ。そこに「リベラシオン(解放)」という様なフランス語の都市名が付くだろうか?(※ググっても見つからない可能性としてフランスの日刊新聞リベラシオンコルシカ島リベラシオン広場に言及した記事が多すぎて50件見たくらいではたどり着けないという可能性もあるが。)
 さて(1)について詳しく書くと、小説の中では大統領が死亡してから一日後に大虐殺が始まったというから、死んだのは時期的にはルワンダ第二代大統領、ジュベナール・ハビャリマナ以外考えられない。なぜなら彼は1994年4月6日に何者かに殺害され、その死がきっかけでルワンダ紛争(及びルワンダ虐殺)が始まったとされているからだ。ただし!、ジュベナール・ハビャリマナの死は溺死ではなく乗っていた航空機が何者かにミサイル攻撃で撃墜されたという事が現在知られている「事実」である。更に、同乗していた隣国ブルンジ(ここもフツ族ツチ族の対立している国で、大統領はやはりフツ族。)の大統領シプリアン・ンタリャミラも当然死亡している。小説の描写と全然違うのだ。(※むろん曾野綾子が現地で取材した情報が事実で、日本で現在知られている情報が虚偽である可能性は否定はしない。とはいえ大統領の生死まで虚偽を貫けるものなのか?)(更に言えば2006年にフランスが6年の歳月をかけて調査した調査結果を発表したが、そこではルワンダ愛国戦線のポール・カガメの命令で撃墜が実行された、という報告になっているそうな。(又聞き))
 ここからは私の想像だが、曾野綾子は「二カ国の大統領が同時の殺された」と記述するとハビャリマナとンタリャミラ両大統領暗殺事件いう現実を連想させ過ぎて、万が一ルワンダのフツ至上主義者から圧力または暗殺されたら困ると考え、ここを含め全てぼかして書いて実際の固有名詞も使わない方針にしたのだろう。(フツ族ツチ族ブルンジにもいるので「フツとツチ」だけでは国は特定出来ない。コンゴのツチ系・フツ系難民はまあ無視していいか。)曾野綾子の目的はフツ族至上主義者と戦う事ではなく日本人にルワンダの惨状をこれでもかと伝えたかったからのようだからこれでいいのだ。ルワンダ虐殺は有名だからこれですぐさま連想してくれる人は多いからね。
 また、両方の大統領に死なれてはどちらの大領を狙ったの犯行なのか分からない。(もちろん両方狙った可能性もある。この二人に生きていてもらっては都合が悪い者にとって絶好のチャンスである事は確かである。また、両方フツ族であることも「ツチ族の仕業だ」と考えると説得力が有る。ただし穏健派だったハビャリマナはフツ族至上主義者からも邪魔者だったので、当時から「ツチ族の仕業に見せかけた陰謀だ」という見方も有ったそうな。私もそれも有りだと思う。)おなじベルギー植民地かつ同じ民族であるとはいえ、隣国の政治劇まで持ち込んでは話がややこしくなる。(当然現実の世界はその通りややこしいのだが。)”日本人にルワンダの惨状を訴える”という主目的を達成するためには隣国の大統領に死んでもらうわけにはいかなかったのだろう。また曾野綾子の立場としては「これは小説に過ぎないから正確な地理・歴史描写など不要!」という立場なのかもしれない。想像だけどね。
(4)オマケ。虐殺が始まるだいぶ前から前にフツ族ツチ族リストを作成し、効率的な虐殺のための準備を開始していたのだが、これを国連軍に通報した協力者を国外に逃がすべきだから許可をくれという現地の国連軍は当時の国連事務総長コフィー・アナンに連絡した。しかしアナンはそれは国連軍の仕事ではないとして拒否し、あまつさえその虐殺リストの情報をフツ族の支配者の長で大統領に連絡したという話が小説内に出ている。曾野綾子は作品内でアナンの行動を間抜けな観客が劇の内容を脚本家に教えに行った様なものだ、とこき下ろしている。
 確かにアナンは虐殺の可能性を何度も示唆されたのに国連軍の増派をしぶるという失策を(実は他の紛争地でも)犯しているが、この”大統領への連絡”はそれほど失策ではないと私(風野妖一郎)は考える。なぜなら、現実の当時のルワンダ大統領はフツ族優遇策を取る中でも穏健派で(彼はフランスと1975に軍事協定を結んでおりフランスは貿易拡大のためにルワンダ国内の安定を望んでいた。その為に多額の軍事援助まで行っている。強力な軍隊が有れば国外のルワンダ愛国戦線が攻めて来れないと考えたからだ。そのフランスが彼を穏健派と認識していたようなのだ。)、ツチ族との融和策を取っていたからだ。
 そもそも彼(ルワンダ大統領)の在任中(1973ー1994)の間にツチ族への虐殺命令は出されていなかったらしい。融和策を取っていたというのはフツ族ツチ族の間で結婚した夫婦が虐殺当時結構居たということからも伺えよう。(それは「哀歌」の中で虐殺リストがフツ族と結婚したツチ族の子を含むその家族まで対象にしていたという描写からも伺える。)もしフツ族至上主義や民族浄化をもくろんでいたなら、そもそもフツ族ツチ族の結婚を法律で禁止するハズだからだ。
 よって当時の事情は、急進派のフツ族至上主義者が勝手に虐殺リストを作成しよしんば大統領はそれを知っていても止めきれなかったのだろう。どんな国でも全ての行政行為を大統領が管理する事など不可能だ。事務処理能力・情報収集能力・そして政治的力関係の限界は必ずある。アナンの連絡は万が一大統領がそれを知らずそして知った場合やめさせる事が出来る可能性を見込んでのものであったのだろう。だから大統領への連絡はそれほど失策ではない。その行為は、舞台で役者が勝手に脚本を変えた事を観客が脚本家に伝えた事、という可能性だってあるのだ。
 それにしてもアフリカの人名地名は読みにくいよ!