回想を終え風景にも飽きたミサキは、市街へ戻ろうと再び管制塔に向かった。
遠くから見るとよく分かるが、ノイパスクの建築は独特のスタイルだ。総じて円筒型で屋根はドーム型。一年中強風が吹きつける高地ではこの方が合理的なのかも知れない。どの方向からの風に対しても抵抗が少ないのだろう。しかし、地階の外壁の装飾はとても合理的とは思えなかった。渡り廊下でつながれて通行人に解放されているのは1階で、採光のため壁には縦長の青色ガラスの窓がたくさんはめ込まれている。外観もクリーム色に統一されていて、美しい。
しかし地面に接している地階は建材のコンクリート(?)がむき出しで、しかも黄色い板が水平に取り付けられ壁面をらせん状に取り巻いていた。ほとんど全ての建物についているのだが、何のために付いているのかが分からない。階段にしては段の間隔がありすぎるし壁全体にめぐらす必要がない。そもそも1階には外壁への出入り口はほとんどないのだ。まるで、建物全体を、地面に突き立てたネジに見立てているようにも思える。黄色い板はネジの溝なのだ。もちろん板には地面を掘るだけの強度はないし、そもそも地面近くには板は付いていないから、もしネジだとしてもあくまでも装飾だ。
しかし、ミサキはこのような事を深く考えるたちではなかったので、その後この件について、思い出すことも誰かに聞くこともついになかった。
ミサキが軍司令部の前を通りかかると衛兵が話しかけてきた。
狭い島の中ではよそから来た者はすぐ有名になる。異星人であればなおさらだ。ナデス島でミサキを知らない者はいなくなってしまった。そして一度簡単な歓迎パーティーが行われミサキの飾らない気さくな人柄が(単にずうずうしいだけ、と言う向きもあるが)知られると、人々は始め異星人に抱いていた警戒を解くようになった。だから衛兵もミサキの正体を知りながら気安い口調で話しかけてくる。
「おい、何もたもたしてたんだ。オデナウデ司令長官がお呼びだぜ。」
『司令長官?そんな偉い奴が俺に何の用だろう?』
ナデス島には民間人もたくさんいるが、ミサキが知る限り町長とか市長といった行政長官は見当たらず、軍の司令長官が事実上の最高権力者になっているようだった。どうやらこの島全体が軍事基地のようなものらしい。
「左にある自動ドアを入れば司令部だ。」
「ああ。」
自動ドアからチューブをくぐって、ナデス島でもひときわ背の高い建物に入ると、ロビーでちょうど通りかかったカフィに出会った。
アハデ・カフィ中佐は女性ながら軍の広報部部長で、もと配給部だったのだが人材の少ないナデス島の軍の人事・総務課的仕事全般をまかされていた。空港でゼクセルから引き継いでから、ミサキの住居、食費、職業訓練の手配まで全てカフィが世話してくれていたのだ。カフィにも部下はいるが、ミサキには普通の対応はできないので権限と能力を兼ね備えたカフィが直接対応していた。
カフィの制服は基本の仕立ては同じだが、ゼクセルたちと違ってあの派手な縦縞は入っておらず、紫系統に統一されていた。戦闘員と内務勤務員の違いをあらわしているのかもしれない。抑え目の化粧と眉とあごの線までで切りそろえられただけの髪型もあって、真面目そうな印象と大人の女性の落ち着いた雰囲気があった。本当のところは分からないがミサキよりもぐっと年上に見える。
「よう、カフィ。」
「オデナウデ長官とゼクセル大佐が3階でお待ちよ。はやくそのエレベーターにお乗りなさい。いそいで。」
カフィに急かされてミサキはエレベーターに乗った。エレベーターの格子状のドアは自動だが、やはり古臭いイメージが付きまとう。しかも1階から3階までの直通は存在しない。二階で乗り換えないといけないのだ。
「やれやれ。」
3階に到着すると、いっそう格調高い(と思われる)大きな部屋に出た。ミサキはここに来るのは初めてだった。仕切りはないが部屋の手前半分が控え室、数段高くなっている奥の半分が長官の執務室といった構造のようだった。
奥が高くなっているのはその部屋の主人の偉大さを無意識に理解させるためのしかけなのだが、階段を上るミサキには効果はなかった。
執務室にはL字型の長大なデスクがあり、二人の軍人が立って書類をにらんでいた。手前の男がゼクセルなので、向こう側にいる杖をついた中年が長官なのだろう。
先にミサキに気がついたゼクセルが杖の男に声をかけた。
「ミサキが来ました、オデナウデ長官。」
長官は何も言わず眠そうに見えるたれ目で、じろりとミサキを見ただけだった。
オデナウデ長官も縦縞の軍服を着ていたが、その色使いはこの基地内でも飛び抜けて派手だった。位が高くなるほど派手になるのだろうか?光沢のある金とオレンジの縞模様の軍服が年不相応な若々しさを主張しているかのようだった。本人のファッションも、金髪の横髪をカールさせたて二段に重ねてあったり、口ひげの先を上向きにカールさせてあったり、軍服と同じ柄のスカーフを巻いていたりして、ノイパスクではこのほうがオシャレなのかもしれないが、ミサキには若作りに失敗したおっさんにしか見えなかった。
単純にオールバックに固めているだけのゼクセルの方が余程若々しい。
ゼクセルが近寄って言った。
「やぁ、飛空船の操縦には慣れたかね?」
「まあね。」
するとオデナウデは贅沢なつくりのイスにドッカと腰掛けながら、初めて口を開いた。
「ふん、あれで慣れたつもりか。へたくそめ。」
「なんだと!」
腕の立つ者が見下すような口調だったので、オデナウデ長官も昔は飛空船乗りだったのかも知れない。しかし、開口一番、しかも兵卒の軽口ならともかく司令長官に小馬鹿にするような口調で言われれたので、ミサキの感情は一瞬で沸騰した。
しかしそこにゼクセルがやんわりと割って入った。
「オデナウデ長官、彼はよくやっています。これだけの短期間で慣れない飛空船の操縦を一応マスターしたんですからな。」
ミサキは自分自身でもそう思っていたので、ゼクセルの評価に気をよくしてひとまず怒りをおさめることにした。ミサキはまた少しゼクセルに好感を持った。しかし、ゼクセルが続けて、
「どうでしょう、彼をノイパスクの兵士としてやとってみては?」
と、言い出したのには驚いた。
「本気か?」
オデナウデも驚いていた。
ゼクセルはテーブルに両手をついてオデナウデに向かって身を乗り出し、確信を持った強い口調で言った。
「敵国ギダンと戦うためには一人でも優秀な兵士が必要なときです。」
「ふむ。・・・まあいいだろう。」
ゼクセルに見つめられたオデナウデは目を二三度キョロキョロさせてから許可を出した。
「ありがとうございます、長官。」
自分の意思などそっちのけで話が進んでいくのを見て、ミサキはあわてて止めに入った。
「ちょっとまてよ!軍人になるなんて一言もいってないぜ!」
「だまれ!拾ってやった恩を忘れたか!」
オデナウデが一喝した。
「そういうことだ。」
ミサキはあっけにとられてしまった。数週間前に落ちてきた異星人に対して、こんな無茶な話があるだろうか?
「特別に基地の中を自由に歩けるよう許可を与えよう。がんばりたまえ。」
取り付く島もなかった。司令長官は尊大で頭が固そうだし、話の分かる奴だと思っていたゼクセルも強引にミサキを軍人にしようとしている。ミサキは途方に暮れた。それでも何とか抗議しようとして再び書類に目を通し始めたゼクセル詰め寄ったが、ゼクセルは涼しい顔で受け流した。
「ん?用は済んだはずだが。」
オデナウデも杖をいじくり回しながら言った。
「何か用か?用がないならとっとと消えてもらいたいな。」
しかたなくミサキは引き下がった。拒否するにしても、ひとまずは態勢を整えたほうがよさそうだったからだ。