ベルデセルバ戦記でブログ

プレイステーションソフト「ベルデセルバ戦記~翼の勲章~」 にこだわるブログです。(略称【ベル戦ブログ】)

〜軍隊編〜ミユキ ショートストーリー


 ミユキは夕焼けが好きだった。
 時々お付きの侍女の目を盗んでは一人で城下町に出かけ、西の城壁から夕日が沈むまでじっと眺めるのだった。西の山脈に潜り込んだ陽光が雲の下面を照らすとき、自分が丸い大地の上に立っていることを思い出した。夜が迫り星々が輝き始めると、知るはずのない自分の生まれた星のことを夢想してみたりした。
 そして、太陽を追いかけて山の向こうへと飛んでゆく茜色の雲に、自分の理想を重ね合わせて見ることもあった。
(私もシデル様を追いかけて飛んで行けたらいいのに。そうしたらいつも一緒に・・・。)
 もちろん、シデルのいる空とは反対方向であることは分かっていたけれども。

 テレパシー能力を持つミユキには、シデルがいつも寂しがっていることが痛いほど分かっていた。大抵の人間は思っていることを指摘されたり見抜かれる事を嫌がるので、シデルにもあえて言うことはしなかった。ただ、ミユキがそばにいるだけでシデルの心が少し安らぐことは分かっていた。だからこそシデルがグラシアルに帰ってきた時は出来るだけ一緒にいようと心がけているのだ。

『ミユキ。』
『なあに?シデル様。』
 かつて二人きりの時、シデルに抱っこしてもらっていた時に言われたことがあった。
『お前の人の心を知る能力はお前だけが持っているものだ。』
『そうみたいですね。』
『だからだれもお前のことを完全に理解することは出来ないのだろうな。』
『そんなことないわ。国王陛下も、侍女のみんなも、それにシデル様だってみんな私の力のことは知っているわ。』
『そうではない。知っていることと理解することは違う。生まれつき眼の見えない者は、他人が皆目で物を見ていることを知ってはいるが、見るという事を理解することはけして無い。それと同じだ。お前以外の者は皆、心を見るという目を持っていないのだ。分かるな?』
『分かるけど・・・、なんだか寂しいです。』
 急に突き放されたような気分になり、ミユキはシデルの装束をきゅっとつかんだ。
『・・・そうだな。済まぬ。つまらない事を言った。別にお前を悲しませたかった訳ではないのだ。』
 そう言ってシデルは大きな手でミユキの頭をなでた。大きな腕に抱えられている安心感にミユキは直前の寂しさを忘れた。

 しかし、なぜシデルはあのようなことを言ったのだろうか?当時分からなかったシデルの心の動きが今のミユキにはおぼろげながらに分かってきていた。テレパシーで受け止めたその感じを思い起こすと、あの言葉は半分ミユキの事を言っていたのだが、後の半分はシデル自身の事を言っていたのだということが最近わかってきたのだ。
 シデルは他人には理解してもらえないであろう思いを抱えているのだろう。それはきっと政治のことだとミユキは思った。シデルが政務に、特に国際政治や軍務に関わる事柄を側近たちと話し合った直後などは特に似たような心の動きを見せたからだ。落胆しているわけではないので、思い通りに仕事が進んでいるのであろう事は分かった。それでも、シデルの心から寂しさは消えはしなかった。理解されない寂しさ。理解されないであろうから、誰にも心の内を見せられない寂しさ。
 十代となり、より多くの人と接するようになったミユキも、似たような思いをする事があった。同じ教師についた学友と呼べる同年代の子供たち。彼らはミユキの能力のことを知らない。知ればうわべでは平気なふりをしても心の内ではミユキのことを気味悪がる人間がいることを嫌と言うほど知っているミユキだから、打ち明けることは出来なかった。
そんな経験をして初めてシデルの寂しい思いを知ることが出来たのだった。
 自分だけでもシデル様を理解してあげたいと思うものの、いまの自分に政治や軍事の事が理解できるとも思えなかった。何より、周りにあれだけたくさんいる優秀な側近たちが誰一人としてシデルを満足させられていないのに、何も知らないミユキが役に立てるはずもない。
 自分の無力が悲しかった。人の心を読む能力なんかあっても出来ることなんてたかが知れている。

 国王がミサキの手によってム連邦に拉致されたという知らせが入ってから、対ノイパスク戦の勝利に浮き立っていたグラシアルはいきなりピリピリとした雰囲気を漂わせるようになっていた。特に軍人たちは殺気立ち、ム連邦人を全滅させろといきまく人もいるくらいだった。
 でもミユキはミサキが拉致したという話が信じられなかった。この前会った時のミサキからはその様な重大な決意があるような雰囲気を感じ取れなかったからだ。
 なにより、ミサキの心の暖かさ、大きさをミユキはよく覚えていた。シデルの名前を聞いたときは心に少し怒りを見せていたけれど、憎しみというよりは正義感からの怒りだったので、シデルが寂しがり屋だと話してみた。どこがどう寂しがり屋なのかと詳しく話したわけではなかったが、それを聞いたミサキは驚いて、シデルを見直そうとしていた。ミサキが闇雲にシデルを憎んでいないことや、自分がミサキの思いを少し変えることが出来たのが嬉しかった。
 ミサキは、ミユキと同じ宇宙人だった。けれどもミユキの持つテレパシー能力には気づきもしなかった。宇宙人にもいろいろな人種があるのかもしれない。そう思うとミユキは宇宙のことを聞く気にはなれなかったものだ。
 とにかく、ミサキの心はあけっぴろげで、隠し事など何も無いふうだった。あのミサキが国王を拉致するなんてちょっと信じられなかった。あれだけ正義感にあふれた人が。何かの間違いではないのか?でも戦争ムードはどんどん高まってゆく。軍人たちの放つ憎悪と殺意は自分に向けられているものではないにもかかわらず、ミユキには耐え難いものだった。空の向こうで誰かがあの殺意をぶつけ合っているのだと思うと、そしてシデルが今それにさらされているのだと思うと胸が苦しくなった。

『どうして悪いことをする人がいるのだろう?どうして戦争なんて始めようとするのだろう?みんな願うことは同じなはずなのに・・・。』

 空よりも先に大地が夕闇に沈むと、ひと時の凪ののちに風向きが変わる。背中からの風が陸から海に向かう西風となり、ミユキの頬をなでてからグラシアルの市街へと流れ込んでゆく。もう帰る時間だった。街灯などが無いギダンの都市では、夜間の照明は手さげのランプか中心部の商店から漏れ出てくる明りの他にはない。ギダン随一の大都市グラシアルといえど市街のはずれでは月明かりがなければ真の闇だ。そしてミユキの手元にランプはない。夜が急速に迫る今、急がねば王宮どころか空の明るい内に商店街にたどり着くこともできないだろう。
 分かってはいても、名残惜しさにもう一度だけ夕焼けを見つめた。雲や雲間を行き来する飛空船の照り返しから山の向こうにはまだ夕陽があることが分かる。その見えない夕陽に向かってミユキは祈った。
『シデル様を理解してくれる人が現れますように・・・。』
『国王陛下がご無事であられますように・・・。』
『戦争が早く終わりますように・・・。』
 そしてもうひとつ、自分のための祈りを声にした。
「シデル様が早く帰ってきますように・・・。」
 それだけ言うとミユキは、夜色に染まる城壁の階段を駆け登っていった。


          FIN

                                                                                                • -

(製作04.06.20・最終更新06.11.12)

 軍隊編国王亡命直後のエピソード。
 ギダン国内では情報管制が行われ、国王はム連邦に拉致されたことになっています。息子に暗殺されそうになったので逃げたなんて知られたら、王家の体面とシデルの立場が危うくなりますからね。
 全体の構成はオープニングテーマを参考にしてます。歌詞の後半を取り込みきれていませんが、無理っス。これ以上は。